バイオヒート3章

【BGM-ON】










バーを出て、およそ二時間が経過した頃だろうか。
いつも通りの町並みであれば一時間程度で往復が可能な距離が、あまりに遠かった。
大通りには、いまだ火の残る事故車両。
トラックが突っ込んできたせいで側面が崩壊し、路地を塞いでしまったオフィスビル。
いたる所に転がる瓦礫の中を歩行するだけでも容易ではなかった。
「ヴァンパイア!!」
振り返りながら身を屈めると、背後に迫っていたゾンビの頭が吹っ飛んだ。
クレアは立ち上がりながら、イアンの仕留めた、変わり果てた人の姿を見下ろす。
こうして行く手を阻まれながらの移動は、さすがに厳しい。
普段の生活の場は既にその影を潜め、もはや戦場と呼ぶに相応しい有り様だった。

「こんな姿のジュドを見る事になるなんてね」
瓦礫の山を降りながら、ため息混じりにフィアが言った。
ブーツのヒールでバランスが悪いらしく、時々よろけそうになるのをダイスケが受け止めた。
「こんな事でもなけりゃ、今頃はとっくに夢の中だよな」
小さく苦笑いを浮かべてフィアを見つめる様子は
まるで仲の良い姉と弟だな、とクレアは横目で見て思った。
「………」
ポケットから、相変わらず画面に何の変化も示さない携帯電話を取り出し、眺めた。
傷は一つも無い。故障では、ないらしい。
しかしボタンを押す度に虚しく響くカツカツというかすかな音に
今は役に立たない物なのだという事を痛感させられる。
恨めしそうに画面を一瞥し、パチンと音を立てて携帯をしまい込むクレアを
イアンが静かに見付かった。

地理的には、そろそろベイエリアの湾岸が見えてきてもいいハズなのだが
なにぶんにも地形が変わり果てていて、方向感覚さえ失ってしまうそうだ。
「…あぁ、行き止まりだ…」
脱力した様子でダイスケが一言もらした。
カブキロードから繋がる、三車線程度の幅のある通りが
唐突に表れた瓦礫の山によって遮断されている。
それは恐らく昨日までは無事な姿で道路の脇に聳え立っていたであろうオフィスビルの残骸か。
瓦礫の下には何台か、乗用車らしき物が見える。
見事に「崩壊」しているビルの瓦礫を見上げて、クレアは首を傾げた。
「ねぇ、あそこ通れないかしら」
フィアが指さした先には、ビルの残骸の下敷きになった路面電車があった。
後部車両が半分くらい姿を覗かせている。
二車両程度の小さな物だが
「瓦礫の向こう側まで車内が通っていればいいのだけど…」
「あんまり気分のいいもんじゃないけどな、生き埋めになりそうで」
ダイスケが答えると、フィアがゆっくり先行した。
小さなライトを取り出して、イアンがそのすぐ後についた。
車内に一歩踏み込んだクレアが、辺りをなんとなく見渡した。
「電車は初めてかい?」
「混雑する乗り物は嫌いなんだ、僕はね」
クレアが乗り込むのを待つように、ダイスケが立ち止まって声をかける。
二つ目の車両の中を、イアンがライトで照らしながら進んだ。
「きゃあぁ!」
甲高いフィアの悲鳴と共に、車体が僅かにグラッと揺れ
カァンという金属音がかなり遠くで響いた。
ダイスケとクレアが慌てて声のする車両を目指し、車内に入った途端
「来るな!!」
イアンの、怒声ともとれる激しい叫びが、二人の体を貫いた。
それがまるで本当の衝撃でも起こしたかのように
二人の背中はドン、と音を立てて、入って来たばかりの車両の壁に打ち付けられた。
しばらくすると背中は壁から離れ、足元の床がゆらゆらと揺れている事に気付く。
クレアとダイスケはイアンに言われた通り、壁に貼り付くようにして動かなかった。

暗い車内の中、目を凝らすと、ようやく物の影が分かるようになった。
見ると、車内に設置されたボックス席の手摺りにしがみ付くイアンがおり
その左腕に、体が引っ掛かるような形でフィアがいた。
2人とも通路に体を投げ出すようにして倒れこんでいる。
フィアの足元、本来なら車掌室の扉があるべき場所には、暗闇がパックリと口を開けている。
そのはるか下の方に、小さな白い光が止まっている。
恐らく先ほどまでイアンが手にしていたライトだ。
車両は、いまにも崖から滑り落ちそうに、ギシギシと軋んだ音を立てる。
まるでシーソーのように、イアン達とダイスケ達が上に下に揺れる。
誰も動く事ができない。
「いいですか…絶対に動かないで下さい」
苦しそうな声で、イアンが必死にそれだけを言った。
ダイスケとクレアは無言で頷くしかなかった。
しばらく沈黙した後、クレアが口を開いた。
「ダイスケ、ロープ持ってないか?」
「ロープ? …無いな」
クレアが重たい溜め息を吐きながらダイスケを睨むと
「ロープなら…僕が持ってますよ、ヴァンパイア」
イアンが答えた。
両手の塞がったイアンに代わり、フィアがどうにか彼の背負う小さな荷袋の中から
リールに巻かれた細身のワイヤー状ロープを取り出した。
リールを握ったまま、滑らせるようにワイヤーの束を投げ渡すとダイスケがキャッチした。
クレアとイアンを見付かって、ダイスケが無言で頷く。
今いる車両から上半身だけを乗り出し、後部車両の手動扉のノブにワイヤーを巻き付けた。
「これでどうよ?」
ダイスケがイアンに向かって声をかける。
ワイヤーはフィアとイアンの体の周りを回って、フィアの手の中で留まっていた。
「多分、大丈夫。僕が合図したら、二人とも後ろの車両に移って下さい」
「…大丈夫なのか?イアン」
「なんとかやってみますよ」
クレアに向けて、イアンはあまり見せた事の無い、挑戦的な笑みを浮かべた。

ダイスケとクレアを見比べて、イアンが一つ頷くと
2人は一斉に後部車両に駆け込み、リールの巻かれたノブと扉全体を押さえた。
ギシギシと音を立て、イアンとフィアの足元に大きな闇が口を開いた。
車体がイアン達の重みで斜めになってゆき、垂直に近い形となった。
ガクンと重い音を上げ、床が、車両全体が滑り落ちるように闇に飲まれていった。
ドォン、という車体の叩き潰れる音が、かなり遠くで聞こえた。
瓦礫に阻まれた、ダイスケとクレアの立つ車両の先に、真っ暗な闇がどこまでも続いていた。
しかし闇の中、はるか下に三車線程度の道がある。
元々は今、立っている所にあるべき物が、いまはあんなに遠くにある。
扉に巻かれたワイヤーは、ピンと垂直に闇の中に伸びている。
扉を押さえつけつつ下を覗くと、イアンとフィアが闇の中にぶら下がっている。
フィアが、手の中のリールをゆっくりと巻き、2人は闇の中に下降していった。
しばらく経つとワイヤーがゆったりと揺れ、ダイスケとクレアは扉を押さえる手を離した。
闇の中で小さな明かりが、クルクルと回った。2人が地上に降り立った印だ。
その場に崩れるように、ダイスケとクレアがへたり込んだ。
「あー、俺…体より神経が疲れたの久しぶりかも」
「僕はこんな腕力使ったの初めてだよ…」
2人が息切れしながら呟いていると、闇の中から声が響いてきた。
『ベイエリアに向かって下さい!』イアンと
『向こうで落ち合いましょう、ダイ!』フィアだ。
叫び声というのは聴き慣れない物で、一瞬当人たちの物か迷ったが、間違いは無かった。
小さな明かりはしばらく揺れると、その後遠くへ行って見えなくなった。


疲労感からか、言葉数が激減していた。
顔を見合わせれば憎まれ口を叩き合っていたクレアとダイスケにとって
その静寂は不気味な程だった。
ダイスケは正直、そういった「間」や静けさというのが苦手だった。
自分も疲れているのだが、どちらかというと気負いだけでなんでも乗り越える方だった。
こうゆう時、考え事をすると腹が減るのは、現金に出来た体なんだなと
自分に感心する瞬間でもある。
ガサガサと、おもむろに何かを取り出した音に驚いて、クレアがダイスケを見やった。
「あ、食う?チョコバー」
ダイスケが、一口齧ったチョコバーを持ち上げてクレアに言った。
「…食いかけを人に勧めるなよ」
「食いかけじゃない方やるよ半分」
言うとダイスケは、バキッとそれを半分に割り
無傷で袋から取り出された方をクレアに差し出した。
「今いらない」
素っ気無くクレアが首を振ると
「後になると無くなるぜ?」
「………」
受け取って黙って食べた。
「結構うまいだろ?」
「あぁ、庶民の食い物って感じだね」
「………」
握り拳を小さく作ってみたが、ダイスケはなんとか堪えた。
半分に折られたチョコバーをたいらげ、指先を軽く舐めている所を見ると
どうやらクレアは庶民の食い物がそれなりにお気に召したようだ。

二車線の道路を歩いて行くと、右手側が開けて黒い海が広がっていた。
晴れていれば青い海が見える絶景ポイントだろう。
さざ波の音が小さく聞こえるが、暗すぎて波は見えない。
まるでそこから先に世界など存在しないかのようだ。
寄せては返す波の音が寒々しく響き、それは男の叫び声のようにも聴けた。
ようやく海が見えたという事は港が近いという事だ。
気付かぬうちに、ダイスケとクレアは足早になっていた。
「……なんだ、あの赤い光…」
クレアがポツリと呟いた。
言われてダイスケが道路のはるか先、港があるべき位置を眺めると
所々、点々と、赤い光が揺れているのが分かる。
暗い海の上に揺れるようにして見えるそれらは
まるで鬼火を見ているようで薄気味悪くもある。
近付くにつれ、それらが停泊している船から噴出す炎だという事に気付く。
一つ、二つという数ではなかった。
ベイエリアに停泊されていた大小合わせて10隻はある船の全てから
赤い炎がゆらゆらと立ち上っている。
消火される事のないそれらは、いつから燃え続けているのか。
もとは白く塗られていたのであろう船体の塗料は、すっかり剥がれ落ち
すす汚れるように真っ黒に変色していた。
港に点在する倉庫は、全て叩き潰され、原型を留めていなかった。
「なんだこれ…火事か?」
呆気に取られるように呟いたダイスケに、クレアが答える。
「火事なんてもんじゃないよ…爆撃か、とにかく人の手でやられた事だ…」
力無い声だった。
「どっちにしたって、こんな事ができるのは軍しかないだろ…?」
「なんで軍がそんな事するんだよ?」
「…知らないよ、そんな事……」
言いながら、クレアが膝から崩れるようにして地面に両手をついた。
限界だ。その小さな背中がそう言っていた。
「おい、クレア大丈夫か?」
ダイスケが覗き込んで言う。
深く息を吐き出したあと、左手で前髪をかき上げながら
「あぁ…大丈夫」
虚ろな目でそう言った。
もともと白い肌の色が、夜の暗さのせいもあるのだろうが蒼白だ。
時刻は深夜の2時か3時頃だろうか。
さすがに休み無く歩き続けたせいだ、疲れもピークに達している。
ここへ辿り着くまで、ひたすら船での脱出に願いを託してきたが
まさかこんなにあっさりとその思いを断ち切られるとは。
自分たちは甘かったのだろうか。
何のために、誰がこんな事を。
落胆とも困惑ともつかぬ思いが湧き上がるのを抑えて、ダイスケはクレアに肩を貸して歩き出した。






明るい陽射しに打たれたアスファルトが目に眩しい。
その光景がどこまでも繰り返されて、いま自分が走っている事に気付く。
振り返ると、黒い粒ほどの大きさで、化け物たちが蠢いてるのが分かる。
その中に一人、佇んでいるのはパパ。
僕の方を真っ直ぐ見つめて動かない。
パパに伸びる無数の手。
その姿が、化け物たちの影に覆い隠されて見えなくなりそうだ。
僕は立ち止まる。
立ち止まって、そして、走った。パパに向かって。
だけど、その距離が縮まらない。
ずっと遠くで、パパが化け物に取り囲まれる。
僕には何も出来ない。
こんなに走っても距離は縮まらない。
パパ。
―クレア…
パパ、僕はどうしたらいい?
―クレア…
僕はどうしたら
―クレア…
どうしたら



そこはベイエリアとプラントエリアの境界に位置する倉庫街。
辛うじて小さな照明の点く倉庫の中だった。
広々とした空間に、所々錆のついた銀のコンテナーがびっしりと並べられている。
倉庫の室内を一望できる位置に、簡単な造りの詰め所があった。
何かを操作するモニターと、ロッカーと、あまり座り心地の良さそうではないソファ。
ダイスケは銃を傍らに置いたまま、倉庫内を眺めていた。
「さすがにこの辺はあんまりいないな…」
市街地から離れた工業地区や港には、もともと人口が少ない。
眠っている間にゾンビに襲われるのだけは避けようと、こんな所に身を隠す羽目になったのだ。
「……ッ」
ソファの上で仮眠を取っているクレアが苦しそうに唸った。
だいぶ疲労困憊しているようだった、夢でも見ているのか。
両手を強く握り、わなわなと震えている。
かぶりを振って落ち着き無く息を漏らした。
「…クレア?」
何か夢を見ているのだろう事は分かるが
今のような状況の中ではさすがに気にかかる。
「…大丈夫か?」
「…パパ…!」
軽く肩を揺すろうと手を伸ばしたら、飛びつくようにクレアが起き上がった。
その目に、涙がいっぱいに溜まっていたのをダイスケは見た。
「…クレア?」
ダイスケの肩口に顔を埋めて、クレアが泣いている。
こんな風に涙を流して泣く人間を、しばらく見ていなかった気がする。
ましてやクレアがこんな風に泣くところなんて想像した事もない。
きつく寄せられた腕や頬から、鈍く痺れるような熱を感じた。
その温度に息苦しささえ覚える。
嗚咽を漏らし、首に回された細い腕が、肩が、震えている。
抱き付かれる瞬間見えた、悲しそうな、悔しそうな表情をダイスケは思い出していた。
どうしたものか戸惑いながら、震える背中にゆっくり手を置いた。
じんわりと、肩が暖かく濡れている。
どのくらいそうしていたのか、しかしわずかな時間だったろう。
するすると力が抜けていくように、首に回された細い腕が緩められる。
固く寄せられていた肩が幾分下がり、かすかに重みを増した。
埋められたままの口元からゆっくり、すうすうと規則正しい息遣いが聞こえる。
「…なんだ、また寝ちまったのか? 寝惚けてあんまりおどろかすなよな…」
そっと、その体をソファに再び横たえてやる。
腕をすり抜けるようにして、静かに動きを止めた。
眠りに落ちたその顔は、先ほどの激しい表情は宿しておらず
彼本来の整い過ぎたくらいの造形に戻っていた。
「……」
服の上から伝わる体温が、少し名残惜しかった。











[Back][Next]
Music by 【FANTASY MUSIC +H/MIX GALLERY+】より『刹那の時を』 【あとがき】 2章と3章、もともと一個だったんですが、長くなってしまい、やむなく二つに分けました。 って長すぎか!そうか(反省) なかなか酒場から出て行ってくれないなぁと思いつつ。 ケンちゃん、心の中で突っ込まれすぎかなぁと思いつつ。 ダイスケとクレア、最初から仲良すぎでしょうか?(そこが一番心配;) 最後はナチュラルにベタベタと(自然かあれ。) ダイクレ手前のダイ→クレが始まった気分です私としては。 あぁ、いいなぁ片想いは(ぇ チョコバーとかウキウキしながら書いてました。 しかしな、バイオではなくなってきてるんじゃないか大丈夫か; 所々わざとパクッてみたりしてるんですが(まんまパクッちゃいけません!) いろんなとこから。エヘ。 坊ちゃんボロボロっぽくて、こんなしょっぱなから大丈夫かな って私が書いてんだが。 気が付いたらなんか坊ちゃん急にダウン気味だった。あぁぁ…! 実際そうゆうもんかな。
広告 [PR]冷え対策  再就職支援 わけあり商品 無料 チャットレディ ブログ blog